最果タヒ展見てきたので、言葉に溺れた感想など。

僕は最果タヒが割と好きである。

”きみはきっと世界を嫌いでいい。”

「青色の詩」詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』より

殺意のような敵意のような恐怖のような、私の中に漂う暗い感情を、許された気になった。名古屋の展示を見て、一番印象に残った言葉。最果タヒ氏の「青色の詩」の中の断片であって、少々古い作品ではあるが、今回切り取った形で展示されていた。詩全体を通して読むと恋愛の話なのだけど、言葉を切り取るとまた違ったニュアンスを持つのが面白いなと思った。

僕は世界が嫌いだ。世界を好きになろうとして、好きなことを仕事にするとか、公立大学に行くとか、恋愛とかセックスとか、世間一般では幸せで良いこととされているようなことをそれなりにやってはみたものの、結局は無理に頑張っちゃてるだけであって世界が言う「幸せ」を幸せに思えなかった。素直にやりたくてやるのと、みんなが良いって言うからやるのでは違うのかもしれないなぁと後になって思う。とはいえ、世の中的には恵まれていると評価される部分もあるんだろう。学があって好きなことを仕事にしてそこそこモテるんだねって。自分では表面だけ繕って、どれも中途半端で、なにも満足していないと思っていても。息苦しくて、居心地が悪い、僕はこの世界が未だに好きになれない。こっそり世界に中指を立てて生きてきたし、多分これからもそうだと思う。

最果氏の詩は、言葉たちは、リリカルに世界をぶん殴ってやるという意志の強さを感じるのが好きだ。情緒的・叙情的な美しい言葉であれど、きれいで正しいものを語ろうなんてしていない。世界の理不尽のために自分が折れてなるものかという決意が見える気がする。僕にとってはつまりは世界と戦う同志なのかもしれないと勝手に共感している。

最果タヒ展@名古屋パルコに行ってきた

正式名称は「われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」
ちゃんと覚えている自信がないのでコピペした。クソ長いタイトルになっているのは、詩の展示であると直感でわかるようにしたかったからなのだそう。『距離』というワードは今となってはソーシャルディスタンス的な意味でよく聞くようになった言葉だけど、別段意識しているわけはなく、展示タイトルはコロナ騒動が始まる前から決まっていたらしい。言葉は生きているな、と思うし、意図せず時代にハマるタイトルになったのは強運な作家だなとさえ思う。

今回のコンセプトは『「詩になる直前」の言葉』の展示。観客がいて初めて詩が完成し、作者すら予想しなかったものまで好きに楽しんで欲しいというもの。
展示のうち一番のボリュームを占める断片的な言葉達のモビールは、まさに詩になる前の(完成された詩をバラしたものもあるので、あるいは詩のあとの)言葉たちだし、輪にループ状に展示された詩や、ねじくれた棒に立体的に印字された詩のオブジェなど、どこからでも、そして何度も繰り返し読める言葉が多く、読み手によって様々な楽しみ方ができるよう工夫されていた。
フライヤーをはじめとする告知物とは対象的に、展示は基本的にモノクロ。そしてシンプルなゴシックフォント。プレーンで表情のない見た目をしているので、言葉の持つ意味や情緒が浮きだして見えるのだろう。

モビールのの断片的な言葉たち。文字の中を歩き回り、読む順によって意味も変わる不思議な感覚。_「詩になる直前の、名古屋パルコは。」

写真撮影自由というのは、展示としてはすごく太っ腹だと思うのだけど、まぁ文字であって、その造形自体はどこでも目にできるものだからかなと思う。展示方法の工夫はあれど、作品の要に見た目の独自性はない。日本人なら普遍的に目にしているもの。なのに、そのリリックにはとんでもないエモさがあるのが不思議だ。

写真はSNS投稿も自由ということで、今回の展示は割と内容を知った状態で向かったのだが、実際にあの場に入ることで言葉の世界にダイブすることができるので、感じ方は全然違った。内側に入り込まれているような、べちゃべちゃに濡らされているような、違和感すらある言葉達との距離感はあの場でないと感じ得ないと思う。来場者は文章を読むために歩き回ったりくるくる回ったり首を傾げたりして、いろいろ振り回される。没入感が強いので、パルコの館内放送で急に我に帰ったりした(笑)。

立体オブジェに書いてある詩。_「詩と身体」

アクリル切り抜きの詩。モノとして言葉がある、光を纏う音葉が綺麗。本来、言葉は色や形のないものであるという表現?_「詩の存在」

ループする詩

頭を筒に突っ込む感じで読む。終わらない詩。_「ループする詩」

詩っぴつ中_スマホに書かれていく詩

スマホ画面に文字が打たれていく。スマホで書くという最果氏ならでは。画面割れリアル。_「詩っぴつ中」

佐々木俊氏らとのトークイベントにて、ビジュアルの意味を考えさせられた

名古屋展示の初日に行ったので、佐々木俊氏らとのトークイベントも拝聴した。佐々木氏は、今回の展示も含め、最果氏の作品のグラフィック周りをサポートして居るデザイナーさん。ちなみに、最果氏は顔出しNGのため、LINEトーク画面をモニターに映して参加というスタイル。加えて司会進行のスタッフを含め、3名での対談だった。
グラフィックデザイナーさんがメインにお話しされる場だったので、デザイン周りのお話をちょこちょこ聞くことができた。「この場にデザイナーがいるかは分かんないんですが〜」とお話しされる佐々木さんでしたが、客側にもデザイナーいるぜ!!と思いながら聞いた。
僕にとっては答え合わせのような場にもなったが、新しい発見もいくつかあって面白かった。
言葉の感情表現は見る人に委ねたいからということで、基本的にシンプルで飾り気のないものにしているというのは、やっぱりなと納得しながら聞いた。最初はモビールをカラフルにする案もあったけど、結果モノクロに落ち着いたんだというのは僕という弱小デザイナーの視点で見ても正しいと思う。
展示のメインビジュアルは円形を基調としたビビットな幾何学が組み合わさったものだけれど、これは「〜のようにも見える」という感覚を大事にしているのだそう。細胞かも知れない、宇宙の星かも知れない、そういう解釈は見る人に任せるというのは、今回の展示コンセプトの『詩になる前の言葉』に通じるように作っているとのこと。縦でも横でも読めるよう、あえて文字組みの方向も入り乱れた状態になっていて、それも自由度。
コンセプトは体現しつつ、チラシにもWEBにも看板にもいろんなものに展開できるビジュアルというのは一貫したイメージ形成にもすごく有用で、ある種のブランディングとして有用だなぁと感じた。
最果氏関係のアートワークは、基本的に「カッコよくしてくれ」みたいな割とお任せなことが多いという。それはデザイナーにとってはすごく頼られている感じがあって嬉しい反面、すごく難しい仕事でもあると思う。作ってみたものの、なんか違うんだよねって作りなおしを要求されたりしれっと次の仕事がこなくなったり、合格点にたどり着けないパターンがあり得るので…。佐々木氏の話を聞いて、「こっわ…」とちょっと思った。だけど最果氏と佐々木氏がうまくやっているのは、コンセプトの共有だけはしっかり擦り合わせている点。今回でいえば、『見る人に解釈を委ねられる、詩の手前の言葉』のイメージが共有できていること。僕もデザイン仕事やるときは抽象化したブレない軸をクライアントと共有することは大事にしたいなぁと思いました。あんまり具体的すぎてもアートワークの幅狭めることもあると思うので…。

最果タヒ展特典

入場特典のミニ本やメインビジュアル。

 

文字レーザーカットポストカード

グッズのデザインも佐々木氏。_「詩そのものカード」

写真撮影自由とSNSとの相性の良さ、現代作家としての成功事例

今回の展示に限ったことではないかも知れないけど、現代アーティストとして強いなと感心するのはSNS拡散との相性のよさ。写真やアートのように見た目に独自性があるタイプのものではないから、好きに撮って広げてもらえて、解釈は基本的に自由。ご自身もスマホで詩を書くと言うし、SNSもバリバリ世代。と言うかそもそもWEB日記から詩が生まれてきたのだと言う。個人が不特定多数に言葉を発するようになった時代だからこそ、彼女の言葉に共感したり、なんかカッコいいと思うような人たちにフォロー・拡散される。それが認知度向上にも宣伝にもなる。
『言葉』は現代日本において、ある種の武器であると私は思っている。日本人は少なくとも個人では銃や刀のような攻撃手段を持ちえず、暴力も基本的に禁止の世の中だから、合法的にキモチを表現する手段として、ときに強さを持ち得るのが言葉。SNSというのはかなり規制の少ない戦場である。そこでパワーの凝縮である作品そのものを発信できるというのはやはり強い。圧倒的。
詩といえば書籍といった概念には囚われておらず、SNSでも展示でも絵本でもホテルでも道路でも、言葉(文字)があってもいい場所にはどこにでも現れるのが最果タヒの柔軟さで、それもSNSと相性がいい。「ホテルの壁に詩が書いてあるってなんか不思議!」っていうのがSNSでは目立つ。これはビジュアル的な戦略で、良い編集者やデザイナーなどをパートナーにしているのももちろんあるけど。

 

長々と書いたが、感情と言葉を見つめる不思議な時間を味わう貴重な体験ができる展示だった。感情が揺さぶられるという意味で、エモさの凝縮展。最果タヒ氏ファンはもちろんであるが、インスタレーション、アート、デザインに興味がある方にもぜひ見て欲しい。でもできればメンタルが元気で時間に余裕があるときにどうぞ。
『最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。』は2月13日(土)~28日(日)に愛知・名古屋パルコ西館6階パルコギャラリー、3月5日(金)~21日(日)に大阪・心斎橋パルコへ巡回予定。チケット販売中。


最果タヒ展
「われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」公式
https://iesot6.com/

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